初めての方へ

ケース1 うつ病

(架空の典型例です)

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症例

Sさんは企業用コンピュータシステムを設計する仕事をしています。元来明るい性格で同僚からも信頼され順調にキャリアを積んでいました。

最近、6人のチームを率いていますが、休職や退職者が出て人数が4人に減った上に、顧客からは以前よりも高度な内容を要求されたり、当初の契約にはない追加業務を突然求められ仕事が追い付かなくなっています。部下に指示していた作業も自分でしなければならなくなりました。

こうした生活を3ヶ月ほど続けるうちに、次第に頭痛、肩こりが持続するようになりました。多少睡眠をとってもこうした症状がとれません。納期が遅れている状況をどのように顧客や上司に説明するか、悩む日が続きましたが、平素にくらべて集中力が低下していて、考えがまとまりません。最近3ヶ月くらいは朝出社時には体全体がだるく不調を感じていました。症状はとくに午前にひどいため、先週は二度ほど遅刻して出社しましたが、今週に入ると最近はとうとう出社することができなくなり、辞表を提出してしまいました。

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院長からのコメント

最近はSさんのように職場の人間関係や過酷な労働環境に置かれている方が多く、社会問題になっています。不思議と本人は「うつ」と言われてもピンと来ないということもありますが、Sさんのような方はなるべく早い時期に専門医の診断を受け、うつ病の治療を開始するべきです。また、うつ病が回復せぬ状態で退職などの重大な決断を下すことは避けるべきです。元気で健全な思考力を回復するまでは休職するのがベストと考えられます。勤務継続、休職、転職いずれの場合にも、うまく会社とコミュニケーションを取りながら、治療を進め、回復、再発防止の道筋をつけていかなければなりません。会社や上司とのコミュニケーションの取り方についても、通院治療でアドバイスを受けることが重要です。

Sさんのような状況で不調になるのは、ある意味で当然ですが、実はさしたる誘因もなくうつ病を発症する方もおられます。また、一見喜ぶべき出来事(例えば、昇進、家の新築など)の後にうつ病になる方もおられます。これらの場合には体質的要素が強いと考えられます。

総じて言えば、現代は誰もがうつ病にかかってもおかしくない時代です。大規模な調査によれば、10パーセント程度の方が一生の間にうつ病を経験します。問題は、本人がそれと気づかずに病状が進行してしまうことです。不眠、食欲低下、体重減少などが2週間程度続いたら、専門医を受診して下さい。最近は軽症のうつ病には、認知行動療法が有効であるとされています。

私も薬物を用いないで認知行動療法のみで治療を行うこともあります。ただ、治療者から見て軽症でも、本人としては苦痛が強く、服薬して症状を緩和した方がよいこともしばしばです。特に不眠、不安や「身の置き所がないような感じ」が強い場合は最低限の薬物を服用した方がゆとりをもって過ごせます。

抗うつ薬によるうつ病の治療はかなり進歩しています。選択的セロトニン再取り込み阻害剤(SSRI)と呼ばれる一連の薬物は、古い世代の薬よりも安全性が高い点が評価され、広く使用されています。
また、最近ではセロトニン・ノルアドレナリン際取り込み阻害剤(SNRI)『ノルアドレナリン作動性・特異的セロトニン作動性抗うつ薬(NaSSA)などと呼ばれる薬物も使用できるようになりました。ただし、最近では抗うつ薬の弊害が見過ごされ、乱用されているのではないかという懸念も指摘されています。抗うつ薬服用のためにかえって、イライラして、怒りっぽくなるということがあります。とくに双極性障害を持つ方にこのようなことが起こりやすいと言われています。このような方が抗うつ薬を単独で服用すると経過を不安定化させてしまうことがありますので注意が必要です。つまり一口に「うつ」といっても、病気のタイプによっては、抗うつ薬は慎重に用いるべきだということです。