認知行動療法とは
認知行動療法とは、患者さんがご自分の「思い込み」や「とらわれ」に気づき、より現実に即した考えをもてるように促すものです。軽症のうつ病などに適しています。思考修正を自力で行えるようにするのが最終的な目標であり、患者さんには受け身ではない、主体的な取り組みが求められます。
以下はちょっと専門的でわかりにくいかもしれませんが、治療を受ける際にここに記した知識は前提としてはおりません。ご安心ください。
認知行動療法(短く認知療法とも呼びます)は、アメリカでアーロン・ベックらにより開発され、70年代から次第に普及しました。当時の精神療法の主流は精神分析でした。精神分析では、人間の精神的苦痛は無意識の欲望から起こる心理的葛藤により生ずると考えます。無意識の中身を深く掘り下げて、意識化することが重要な作業になります。
この精神分析的アプローチに対して、認知行動療法は、不快な感情を引き起こす「考え」に焦点を当てます。無意識でなく意識下にある思考をより重視します。意識内にある思考を対象にしているので、治療の理論が明快でわかりやすいところが利点です。また、治療は精神分析と比較して短期で終結します。最大の利点は、大規模な臨床研究で主としてうつ病に対する有効性が立証されている点です。
認知行動療法の理論は、「主観的な思い込み」が「不快な感情」(抑うつ気分や不安など)を生じさせている、というものです。治療の初期段階では、主観的で非現実的な思い込みを治療者とともに見つけ出す必要があります。この作業自体が大変な場合もあります。本人は非現実的と考えていないからです。ターゲットになる思い込みを見つけたら、次にそれが実際に客観的事実に近いものなのかを検証することになります。その上で、より客観的な事実に即した考え方はないか議論します。各ステップで治療者と患者さんの共同作業が重要になります。ときに宿題も出ますので、患者さんは受け身でいるわけではなく、大きな役割を受け持ちます。最終的に「主観的な思い込み」をより「客観的で現実に即した考え」に修正すれば、平常心を取り戻せることになります。この治療法は、うつ病をはじめとした種々の精神疾患に対する治療効果が立証されています。
この理論に批判がないわけではありません。
もっとも本質的な批判は、「必ずしも思考だけが感情を左右するのではない」というものです。
特段思考に問題がなく、感情が根本的に障害されていると思われる例もありますから、やはり認知行動療法は万人に効くという訳にはいきません。ただし、薬物と同等に多くの方にとって有効です。
認知行動療法は、元来のスタンダードな治療にさまざまな改変が加えられ、多くの治療家がさまざまなバリエーションを提唱しています。また、近年では認知行動療法を自ら実践するための「セルフヘルプ本」も数多く出版されています。こうした本には認知行動療法で用いるさまざまなテクニックが紹介されています。また、英国ではコンピューターを用いた認知行動療法の試みもなされています。(ただし、これはある程度治療者の監視指導の下に行われます。)ただ注意すべきは、改変イコール改良とは限らないことです。そもそもどのような治療でも経験ある治療者とともに行うのが確実であることに変わりはありません。しかし、うつ病の患者数は膨大ですのでとても造詣の深い人たちに治療を委ねていては間に合わないという現実的な問題があります。こうした背景からセルフヘルプやコンピューターによる認知行動療法が開発されてきているという面もあるのです。
原法はアーロン・ベックらの著した “Cognitive Therapy for Depression”(うつ病の認知療法)や“Cognitive Therapy and the emotional disorders”(認知療法と情緒障害)(写真)に詳しく書かれています。
特に前者は専門家向けの解説書ですが、治療テクニックよりも人間的な温かみの重要性や治療の弊害を防ぐための細心の注意が強調されています。
これらの点でも私達にとって非常に共感がもてるものです。